随想(病気関連)

2010年5月 6日 (木)

白血病と被曝

原子力発電所周辺で小児白血病が高率で発症
―ドイツ・連邦放射線防護庁の疫学調査報告―

http://cnic.jp/modules/smartsection/item.php?itemid=122

95%有意だそうですので、信頼性はありますねえ。

韓国、サムスン工場で白血病続出 労災認定求め裁判も
http://www.47news.jp/CN/201004/CN2010042201000679.html

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%99%BD%E8%A1%80%E7%97%85#.E5.8E.9F.E5.9B.A0

私の場合、思い当たるのは、XRD、SEM、TEM等の操作に従事していたことと、若い頃有機溶剤を取り扱う作業に従事していたことです。

っま なってしまったものは仕方ないし、移植で直ったから よしとしましょう。

放射線、二次X線、有機溶剤などに被曝のおそれのある方は、くれぐれもお気をつけ下さい。

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2009年4月 7日 (火)

パニック症候群 2009年4月6日 月曜日

2005年の春、骨髄移植の際、カリニ肺炎を患った後、このパニック症候群になりました。

私の場合は、原因は明解で、4ヶ月に及ぶ薬漬けの日々で、精神に変調を来したわけであります。

ただ、私の場合パニック症候群といっても、普通とはかなり違う症状でした。
病院の精神科の先生も、はじめはなかなか分からなかったようで、うつ病の診断でした。

どこが変わっているかというと、
まず時間帯ですが、
夜中から明け方にかけて、発作が起こります。昼間は起こりません。

あと症状ですが、
なんと表現したらいいのか、
いわゆる
身の置き所がない
という感じです。

山本周五郎の小説の中に、まさにぴったりの表現がでてきます。
経験しないと書けないと思うんですけど、山本周五郎もパニック症候群になったことがあったんでしょうか?

私の場合は、薬としてはデパスがよく効きました。
1mgを寝る前と、あとは頓服服用でした。
発作が起こりそうになると、飲んでましたねえ。
デパス服用の前に、コンスタン、ユーロジン、リーゼなどを服用しましたが、全然効き目がありませんでした。ユーロジンなんかは、逆に症状が悪化しましたっけ。

デパス服用で、二ヶ月ほどで直りましたが、
体調が回復してきたことも大いに関係あると思います。

私の場合、移植は後半部分でカリニ肺炎にかかって、拷問に等しいくらいきつかったので、精神に変調を来したってことです。

バクタ一日12錠、ベナンバックス(ペンタミジン)点滴、ベナンバックス(ペンタミジン)吸引のフルコースで、もうヘロヘロでした。吐きまくり、手足の痙攣、薬剤による喘息などなど、いろいろありました。

いまでもデパスの名前を耳にすると、当時のことが懐かしく思い出されます。

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2009年1月 6日 (火)

2009年1月6日 火曜日 ちょっとお疲れ

なんかバタバタした一日でした。
なにしたっけかな?
・受注処理・・・在庫確認と手配依頼
・教会講習資料作成
・ジム電話で打ち合わせ
・同業の人と電話打ち合わせ
・さんごやさん電話
・あちこち病院電話問い合わせ
・病院に母の薬もらいに行く
・免許センター問い合わせ

ん~頭の中がゴチャゴチャです。
青色申告が・・・

免許更新
4年数ヶ月で免許更新です。
なぜ5年でないかと言えば、骨髄移植のためです。
移植のため、前回の免許更新を早めに行ったので、短くなってしまいました。
当時は、移植の後どうなるか分からなかったし、正直 運転免許なんてどうでもよかったというか、免許更新する気力もなかったんですけど、ひょっとして生きていればまた必要だなって思いなおし、しんどい中 早めの更新手続きに行きました。

今思えば、あのとき無理して更新に行って良かった。
まあ生きているからそう思うんですけど。
死んでれば、無駄な作業だったわけで・・・。

確かあのとき、免許センターで診断書の原本提出させられたなあ。2000円?だっけ 診断書代。コピーでもいいじゃないかって思いましたけどねえ。

わりとせこいSRなのだ。

そういえば今日、移植病院での直接の担当医だったS先生から、年賀状のお返事が届いていました。いまは大学病院に戻り、研究生活を送っているそうです。血液内科は本当大変な職業です。当時、私を含め、生命の危ない患者を何人も抱えて、奔走されていました。
S先生、H先生、本当にお世話になりました。今後益々のご活躍をお祈りいたしております。

1月21日で移植5年となるSRです。
ちなみに誕生日は1月22日なんですね。
But 移植以来、1月21日を誕生日に変更しました。
もうすぐ5才になります。。。 ヲイ

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2008年1月10日 (木)

2008年1月9日 水曜日 体調不良&身近な死

明け方就寝→体調不良→ニトロ舌下→安静→15時起床→食事→弟来訪→雑談→英語HP記事追加作業→親戚より電話(入院中の親戚容態急変)→病院→ご臨終→ご帰宅→雑談→帰宅→夜食→ブログ→つかれたなあ

あいかわらず心臓の具合がよろしくないようで、今朝ほど就寝直後、胸に激痛、枕元常備のニトロのお世話になりました。
悶絶中を朝起きてきた奥さんに見つかってしまい、不覚にも救急車を呼ばれたようでして。

なんか 遠くから救急サイレンの音が近づいてきます。汗。

きづいたら、救急隊員4人が枕元にいました。大汗。

ニトロでようやく落ち着いたところだったので、別途(BET)の上で正座&救急隊員の方々に土下座謝罪して、丁重にお引き取りいただきました。滝汗。

税金無駄遣い、誠に申し訳ありませんでした。お辞儀。

ちなみにアメリカで救急車を呼ぶと、新車一台分の費用を取られるそうです。
気軽に救急車を呼ぶのは控えましょう。激汗。

ってことで、すこし作業をペースダウンします。ほんとかよ!

午後は弟くんが心配して来てくれました。
お袋や奥さんの説教をたくさんいただきまして、なんか心臓が痛い。ヲイ!

夜PCで作業をしてたら、電話が・・・
入院していた親戚が、容態急変との知らせ。
病院に着いたときは、既にお亡くなりになられていました。

84才です。年齢は往生に近いのですけど、肉親の悲しみ いかばかりかとおもんばかられます。
ご遺体は自宅に運ばれ、居間に安置されました。
しばらく従兄弟と話した後、母を連れて帰ってきました。

帰宅の運転中ふと思いました。
そういえば自分、今朝死にかけたんだっけ。
朝に生還 夜に死す
人生とは儚いものだなあ うたかたの夢 沫のごとし

明後日お通夜で、その翌日が葬儀です。

誰もがかならず通過する人生の終了。

私の残り時間は あとどのくらいなんかな?
せっかく事業を始めたんで、なんとか成就したいと思ってるんですけどさ。

っま 考えても仕方ないか。
とりあえず ウェブ作成の続きを・・・・。

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2006年9月13日 (水)

白血病サイト巡り

 昨夜久しぶりに白血病関係のサイト巡りをしていると、Cさんがブログの日記をお休みしますと書いてありました。8月から会社復帰して大変なのかなあ? 私も5月から会社復帰していますが、これまでは総務付けで定時に帰ることが出来、比較的楽な職場でした。9月21日より正式配属が決定しており(配属先はまだ内示されていません)、いよいよ本格復帰となります。
 移植して退院した後、比較的順調だったとはいえ色々なことがありました。5月に会社復帰後も本当色々あったので、正直言ってこの先かなりの不安があります。
 でもあの長く苦しい闘病生活のことを思えば、たいていのことは乗り越えられるんじゃないかとも思っています。それと・・・案外なるようになるだろうって気楽に考えてるとこもあるかなあ?
 移植を無事終えられ、これから社会復帰される方も、いろいろご心配はお有りかと思われます。つたない(笑)日記ですが、なにかの参考になればとも思いますので、もう少し続けていこうかと考えています。
 Cさんも今は大変かと思われますが、ご家族のためにも是非乗り越えられ、順調に復帰されますように!  って私のブログは読んでないかなあ・・・

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2006年5月 5日 (金)

恋人

同じ時期に入院した若い女性。毎日彼氏さんが来てました。二人とも大学生かな?とてもきらきらと輝いて見えました。彼女げんきにしてるかなあ。どうか二人に幸あれ。

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2006年5月 4日 (木)

ゴミ捨て

大部屋では、夜の各人のゴミ捨ては、患者さんの仕事です。夜9時頃になると、調子のいい人はビニール袋を手にぶらぶらさせて、ゴミ捨ての場所に向かいます。パジャマを着て、足を引きずりながら、ぞろぞろ歩く姿。奇妙な光景です。

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2006年5月 3日 (水)

【たばこ】

あれは2005年4月の中頃でしたっけ? トイレに行くと、たばこの吸い殻が落ちていました。看護婦さんに報告したのですが、どうも一度や二度のことではないようです。そういえば時々トイレがたばこ臭いことがありました。誰が吸っているかは、多分看護婦さんも、私を含め患者さんも分かっているのです。

その人は私と同じ頃に入院したのですが、入院してもどうしてもたばこが止められず、病院の敷地内の庭にある喫煙場所に、寒い中たばこを吸いに行ってました。ところが、もともと抵抗力がないので、それがもとで?肺炎になってしまいました。私が移植する前には、その方は個室で肺炎治療を受けていました。私が無菌室を出た頃は、大部屋に戻っていましたが、酸素ボンベをお供につれて病棟内を歩いていました。

人に迷惑がかかることはもちろんいけません。しかしなんですな、いや死にかけて、酸素ボンベを引きずりながらでもたばこを吸うというのは、あきれるを通り越して、あっぱれなんて思いました。JT名誉勲章を頂けるかと・・・

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2006年4月 4日 (火)

桜とれんげ

chatの方から入院中に送っていただいた携帯写真その2です。

2005年4月2日に送っていただきました。
写真タイトルは「見つけたよ!」です。

その1はこちらです。

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2006年3月30日 (木)

K君

私より入院の先輩だったK君。

一時期同部屋でした。

SRが無菌室を出てきたとき、真っ先に見舞いに来てくれました。

その後私は退院し、昨年秋に地元に帰ってきました。

K君とはお互い外来で訪れたとき、お会いしたのが最後でした。

そのときに握手をしてお別れしました。

やさしいK君。笑顔のすてきなK君。

K君を守りたまへ。  

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