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2011年4月 4日 (月)

中島町教会にてデルさんと再会

仕事で遅くなってしまいましたが、

途中サンシャインで土佐神父様(デルポート神父様)の大好きだった赤ワイン(フランス 1600円)を買って、中島町教会を訪れました。

近くのコインパーキングに止めて、数十メートル歩くと教会です。

古い扉を押して、さらに内扉を開けると、祭壇の上にだけ明かりが灯っています。

建物内は誰もいません。

暗くてよく見えなくて、一瞬壇上には何もなくて、今までのことは夢だったのかと思いました。

近づきながら目を凝らすと、祭壇の前に棺が置かれています。ゆっくり一歩ずつすすみ、棺の前に跪き、ワインを脇に。小窓を開けてお顔を拝見しました。

来る途中も運転しながら涙が溢れて仕方がなかったのですが、木曜に会ってから間もない再開ですが、嗚咽が止まりません。

9才の頃からお世話になりました。

今までのことが走馬燈のように思い出されます。

タバコを買いにお使いに行ったこと。

ミサの侍従を務めたこと。

ミサで美味しそうにワインを飲んでいたこと。

賛美歌の伴奏を務めたこと。

一緒に釣りに行ったこと。

吉野川の河原で遊んだこと。

大学の時に引っ越しをお手伝いしたこと。

結婚式をしていただいたこと。

社会人になっても自宅をよくふらりと訪れました。

2年間ほど英会話も習いました。

PCが調子が悪いときは、よく訪問しました。

最近新しいPCに買い換えたばかりなのです。

最後の訪問は、3月31日午後3時頃

体調が優れないご様子で、やすみやすみ会話を少ししました。

・体調のこと

・近況報告

・昔のこと

など 30分ほど滞在したでしょうか

最後に玄関で握手をして、

郵便物ポストをのぞいて、手紙を渡して、

顔を見ながら開き戸を閉めて、

車に入ってどうしたものか、すこし考えました。

江ノ口教会に電話したのですが誰もでません。

自宅に帰って、電話が繋がりましたが、夜でしたので、

再度翌日江ノ口に電話しました。体調が優れない様子を報告しました。

同日中島町教会にもお電話しましたが、あいにく全員福岡に出張中で、留守の女性しかいません。

日曜日に連絡が付いたときには、デルさんの訃報をお聞きしました。

今日の夕刊で急性心筋梗塞、死亡推定時刻は3月31日夕刻とありました。

私がご自宅を出たのは、15時半過ぎ・・・。

なんということでしょう。信じられません。

私は確かにデルさんと握手をして、その手は力強かったのです。

たしかに感触があり、暖かかったのです。

最後の面会人に呼ばれたのか、

私が行くまで待っていてくれたのでしょうか、

それとも、夢だったのか。

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悔やんでも詮無いこととなってしまいました。

今思うに、

最近デルさんのよく口にしていたこと

・誰の世話にもならずに人生を終えたい

・寝たきりにはなりたくない

・神様がいます

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そう 確かに神がいます!

心筋梗塞の心臓手術を翌々日に控え、緊張していたときに、突然病室を訪問していただいたこと。どれほど勇気づけられたか。

手術の後も、来ていただきました。

白血病の時は、大阪に骨髄移植のため旅立ちの前

骨髄移植後、私が遺体で高知に帰ってきたときには、デルさんに葬式をしてもらいたいと頼みました。

その足でデルさんが設計した江ノ口教会を訪れ、椅子に座り それまでの人生を回想したことを思い出しました。

移植後高知に帰って時は、笑顔の再会。

デルさんと私が体験しました。

神の存在を間近に感じる半世紀。

本当に有り難うございました。

日本に来ていただいて、高知に来ていただいて、46年間ありがとうございました。

またお会いする日まで、しばしのさようならです。

本日、デルさんとお別れをして参りましたが、

明日は、母と信者さんのつきそいで再度中島町教会です。

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高知新聞には享年83才とありましたが、たしか84才。

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コメント

深夜、友人から訃報の連絡をもらい、信じられない思いで、版画展などの記事を検索していて、こちらのブログに出会いました。お知らせくださってありがとうございます。あなた様とでるちゃんとの長年にわたる強い絆を感じます。でるちゃんは最も会いたい人を最後に自分で呼んで会ったんだと思います。どうかご自分を責めたりなさらないでください。でるちゃんはテレパシーを持っている人で、電話するとよく「わかっていました。今日はあなたのことを考えた。」と、いつも言っていました。私は女子大出身で徳島で英語の教師をしております。3月26日に、でるちゃんからメールをもらいました。2月はじめに送っていたメールの返事でした。メールを返信したのですが、なぜ電話しなかったかと悔やまれます。生徒と一緒に作った友情、励ましの歌を聴いてもらいたくて送ってあったのです。でるちゃんからは、「読みましたよ。すてき。じぶんの耳で聞きたかったのです。健康はいいです。暖かい春が早く来ないかな。あなたの笑顔を見る日まで。」とありました。返信に添付した新聞記事と新たな録音音源、開いてくれていたでしょうか。それより悲しすぎます、つらいです。表現できないほど悲しいです。2年前の秋訪ねたとき、自分史を故郷の言葉で書いていること、室戸の風景の版画が完成間近なことなど、話しました。身辺整理しているのかなと、不安になったけど、あとで室戸の年賀状が届いてうれしかった。でるちゃんにたくさん感謝を伝えに高知へ行けないか、明日職場で頼んでみようと思います。

投稿: でるちゃんのむすめ | 2011年4月 5日 (火) 00時54分

思いがけないコメントをありがとうございます。
貴女のことはデルさんからお聞きしていました。
3月31日もテーブルの上に写真があったので、どなたですかとお聞きしたら、like「私の娘」とおっしゃっていました。
不思議な縁がこの世を繋いでいるようです。

もうすぐ母と知り合いの信者さんを乗せて、中島町教会に向かいます。
通夜は今晩7時からなんですが、大変混雑するとのことでしたので、早めに行くことにしました。

二人ともデルさんと50年近くの交流があります。

あまり悲しむとデルさんが悲しむので、もうよしにします。

暖かいコメント有り難うございました。

では行ってきます。


投稿: 管理人です | 2011年4月 5日 (火) 14時52分

はじめまして。
私も、土佐先生をインターネットでたどっているうちにこちらにたどり着きました。20数年前に大学でフランス語を教わってから、グループでフランス語の学習会をしていただいたり、時折お宅や教会でお顔を拝見し、ちょっと他愛ないお話をしては力をいただいていました。
私が先生にお目にかかったのは、3月26日、「でるちゃんのむすめ」さんがメールを受け取られた日です。実は、その2日ほど前、秋の先生の版画展での写メールを送信したのに還ってきていて、春生活の一区切りがついたので先生宅にうかがっていました。そしたらアドレス変更されていたことが分かり、早速改めて秋の写メールを送り、パソコンで確認でき、返信もいただき、安心して帰りました。でも、待てども待てども先生からのメールが到着せず、26日に改めてうかがい、事情を話し、行きつけのパソコン屋さんに電話して、設定の変更をしなおしました。そしたら、それまで先生が私以外の方にも返信されたメールが一斉に送信されたらしく、「5分のうちに5通もメールが届いたよ」という英語のメールや、電話が鳴ったりとにぎやかになったので、そして先生の活気も少し増したようだったので、安心して帰りました。福岡に行く飛行機の予約券も見せてくださり、お体しんどそうだけど、まだまだ先生は頑張っておいでると気を強くしていました。それからの何日間、今頃先生はメールで交友を忙しくされているだろうなと信じて疑わず、楽しく想像しながら過ごしていました。
最初に再会した時、先生が少しやせられていること、かなり息が苦しそうだと思いました。クッションを置いた藤の椅子にふかく身体をしずめていらっしゃり、時折喘息の薬を吸い込まれていました。心配だったので尋ねると1ヶ月に1回は通院されているとのことでした。(お葬式でしたか?神父さんが付き添われて行かれてたと言われていましたね。)
先生の訃報を知ったのは、新聞でした。
先生が逝かれたのは、突然で、早すぎたと感じます。お通夜やお葬式に集われた人の多くも同じように思っている、と感じました。
私は、自分の能天気が嫌になっていました。もう大丈夫、先生とお友達の絆をふたたびつなげたと信じて疑わなかったことを。あの後も先生を訪ねるべきだったのではないか、と何度も思いました。月に一度と言わず、病院に行くことをすすめるべきだったと考えました。恥ずかしながら、私はこの春看護学校を卒業し、急性心筋梗塞の前兆や対処法を調べてみましたが、自分に何ができたのか、自問に対する答えが見つかりません。

管理人さん、管理人さんも後悔は尽きないかもしれませんが、あまり自分を責めないでくださいね。
たぷん、管理人さんが土佐先生と握手できた最後の方ですね。お話を知れて嬉しかったです。ありがとうございました。

お通夜やお葬式を通して、先生の大きさを改めて感じました。ついでに、けして素直な生徒でなかったことに気づきました。(子どものように、フランス語を学ぶことはできませんでした)
本当に、土佐先生は神様からの私たちへのプレゼントだったのではないかと思います。先生と出会えたことが、夢のように思えます。

投稿: kanachan | 2011年4月10日 (日) 23時30分

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